証券取引等監視委員会は令和7年度(2025年4月〜2026年3月)、インサイダー取引で15件の課徴金納付命令勧告と4件の告発を行いました。勧告件数は令和3年度の6件から増えています。平成17年度以降の勧告では、公表前に利用された重要事実の4件に1件が公開買付け(TOB)等に関するものです。では、TOBの発表前に「インサイダー取引があったように見える」値動きをしている案件は、どれくらいあるのか。2022年8月〜2026年10月に発表されたTOB154件で検証しました。
154件中22件(14%)で、発表前5営業日に、その銘柄の平常時なら20回に1回しか起きない大きさの値上がりがありました。同じ銘柄の約1年前に同じ測り方をすると140件中6件(4%)です。差し引いた約1割が、偶然では片付けにくい値上がりです。
値上がりと出来高の膨らみが同時に起きていたのは10件(6%)です。同じ銘柄の約1年前では140件中2件(1%)でした。
目立つのはMBOです。31件中3件で、発表前5営業日に値上がりと出来高の膨らみが重なっていました。同じ銘柄の約1年前は、重なった案件が0件でした。発表前20営業日の値上がりは平均+6.2%で、約1年前の同じ期間は平均−3.1%です。
監視委による内部者取引の課徴金納付命令勧告は、令和3年度の6件から令和7年度の15件まで増えています。平成17年度から令和7年度までの勧告で利用された重要事実のうち、公開買付け等に関する事実は106件(25.1%)です。
| 令和3年度 | 令和4年度 | 令和5年度 | 令和6年度 | 令和7年度 |
|---|---|---|---|---|
| 6件 | 8件 | 13件 | 12件 | 15件 |
令和7年度に勧告を受けた違反行為者13名のうち、7名は会社関係者から重要事実を伝えられた第一次情報受領者で、内訳は取引先2名、友人・同僚3名、知人等2名です。残る6名は上場会社や契約締結先の社員でした。
| 区分 | 属性 | 人数 |
|---|---|---|
| 会社関係者等 | 上場会社の社員 | 5名 |
| 会社関係者等 | 上場会社との契約締結者の社員 | 1名 |
| 第一次情報受領者 | 取引先 | 2名 |
| 第一次情報受領者 | 友人・同僚 | 3名 |
| 第一次情報受領者 | 知人等 | 2名 |
各銘柄について、発表の約2年前から半年前までの日々の値動きをTOPIXと比べ、その銘柄が市場全体に対してどれだけ動きやすいかを測りました(マーケットモデル)。そのうえで、発表直前の5営業日と20営業日の、市場の動きでは説明できない値上がり(超過リターン)を、その銘柄の平常時の同じ長さの期間と比べています。
本稿では、発表前の値上がりが平常時の上位5%(20回に1回)に入る大きさだったものを「インサイダーっぽく見える」値動きとして数えました。同じ期間の平均出来高も平常時の上位5%に入っていたものは、「値上がりと出来高の膨らみが重なった」として別に数えています。発表が引け後であれば、その日の値動きも「発表前」に含めています。
154件すべてが偶然でも、8件前後は平常時の上位5%に入ります。実際には22件ありました(偶然でこれ以上になる確率は0.001%未満)。同じ銘柄の約1年前の、TOBと関係のない時期に同じ測り方をすると、140件中6件です。
| 期間 | 件数 | 上昇割合 | 平均 | 値上がりが上位5% | 出来高も上位5% |
|---|---|---|---|---|---|
| 発表前5営業日 | 154 | 56% | +1.2% | 22(14%) | 10(6%) |
| 約1年前 | 140 | 39% | −0.4% | 6(4%) | 2(1%) |
| 発表前20営業日 | 154 | 53% | +2.3% | 15(10%) | 7(5%) |
| 約1年前 | 140 | 45% | −0.6% | 9(6%) | 2(1%) |
ただし、株価だけでは、どの案件でインサイダー取引があったかは分かりません。154件を同時に調べると偶然だけでも一定数は線を超えるため、その分を差し引く補正(Benjamini-Hochberg法)をかけると、発表前5営業日では1件も残りません。1件ずつでは偶然と区別できる大きさではなく、154件を束ねたときに平常時より明らかに多い、という結果です。発表前20営業日では、補正後も12件(8%)が残ります(同じ銘柄の約1年前は4件)。
| 類型 | 件数 | 前5日 上昇割合 | 前5日 平均 | 前20日 平均 | 前20日 中央値 | 約1年前 前20日 平均 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| MBO | 31 | 68% | +2.8% | +6.2% | +2.1% | −3.1% |
| 事業会社(新規) | 36 | 56% | +0.8% | +1.4% | +0.9% | +2.1% |
| 部分買付(上場維持) | 48 | 48% | +0.6% | +2.2% | +0.2% | −2.1% |
| ファンド | 21 | 62% | +0.8% | +1.3% | −1.3% | −0.1% |
| 親会社による買付 | 15 | 53% | +1.2% | −1.0% | +0.2% | +1.2% |
MBOは31件中21件(68%)で発表前5営業日に上昇していました。発表前20営業日に値上がりが平常時の上位5%に入ったのは6件(偶然なら1〜2件)、中央値でも+2.1%と、他の類型より高くなっています。
事業会社による新規の買付は、発表前5営業日に値上がりが上位5%に入ったのが36件中7件(偶然なら2件前後)ありましたが、発表前20営業日では1件です。親会社による買付は、発表前20営業日の平均が−1.0%で、上位5%に入った案件は0件でした。
値上がりの理由は分かりません。平常時の上位5%に入る値上がりであっても、決算発表、大株主による買い増し、報道など、公開情報で説明できるものが含まれます。本稿が示しているのは、平常時の値動きと比べた大きさだけです。
対象は株価系列を保有している案件に限られます。上場廃止となった銘柄の多くが入っていないため、2025年以降の案件が154件中121件を占めます。期間を通じたTOB全体の姿とは異なる可能性があります。
類型ごとの件数は15〜48件です。平常時との差が見えない類型でも、差が無いとまでは言えません。
本記事が示しているのは統計的な値動きの大きさであり、特定の企業や関係者がインサイダー取引を行ったことを示すものではありません。本記事は特定の企業への投資を推奨するものではなく、投資判断の根拠となるものではありません。個別の投資判断は自己の責任において行ってください。