beluuga.ai Insights ・ 資本コスト・WACC
金利上昇が効くのはKd(借入コスト)でなくKe(株主資本コスト)
2026年9月1日の国内債券市場で長期金利の指標となる10年物国債利回りが上昇し、30年ぶりに一時3%台を付けたという報道がありました。 ここ最近の国債利回り上昇はWACC(加重平均資本コスト)にどのような影響を与えているのでしょうか?beluuga.aiを使い検証しました。
この記事のポイント
WACCはKeとKdで構成され、株主資本コストKeはCAPM(Ke=Rf+β×ERP)で算定されます。このうちRf(リスクフリーレート)にはbeluuga.aiを含む多くの実務で10年国債利回りが使われますが、10年国債利回りは、2025年9月から2026年8月までの1年間で約1.3ポイント上昇しています。 この記事では、beluuga.aiが保有する実際のWACC計算データを使い、資本構成の異なる実在企業4社(任天堂・トヨタ自動車・東急不動産ホールディングス・東京電力ホールディングス)を例に、同じ金利上昇が会社ごとにどれだけ違う形でWACCに波及するかを見ていきます。
財務省が毎日公表している国債金利情報から、10年物の利回りを月次で抜き出すと、次のように推移しています。
| 時点 | 10年国債利回り |
|---|---|
| 2025年9月 | 1.633% |
| 2025年12月 | 1.881% |
| 2026年3月 | 2.087% |
| 2026年6月 | 2.682% |
| 2026年8月末 | 2.943% |
2025年9月時点で1.633%だった利回りは、2026年2月頃にかけていったん2.2%台まで切り上がった後、3月にやや押し戻され、4月以降は5月・6月と続けて上昇ペースが強まり、8月末時点で2.943%に達しています。1年間の上昇幅は+1.31ポイントです。同じ時期、短期プライムレートも2026年3月の1.475%から9月時点の2.375%まで切り上がっており、長期・短期の両方で金利水準が切り上がる局面にあることがうかがえます(出典: beluuga.ai)。
直感的には「金利が上がれば、借入コスト(Kd)が上がることでWACCが上昇する」と考えがちですが、実は必ずしもそうではありません。WACCの計算式を見ると、Rfの上昇がストレートに全額そのまま乗るのはKdでなくKeの方なのです。 beluuga.aiのWACC計算は、株主資本コストKeを CAPM(Ke=Rf+β×ERP)で、負債コストKdを税引後(Kd×(1−法定実効税率))で求め、時価総額と有利子負債の比率(E/V・D/V)で加重平均します。Ke=Rf+β×ERPという式の形から、Rfの上昇分はβの大小にかかわらずKeにそのまま加算されます(β×ERPの項自体はRfの影響を受けないため)。 従って、株式のリスクが高い会社(β大)でも低い会社(β小)でも、Rfが1.31ポイント上がれば、Keは一律で1.31ポイント上がります。 では本筋と思われがちなKdはどうでしょうか? beluuga.aiのKdは自社の社債実勢利回り(JSDA公社債店頭売買参考統計値ベース)または業種中央値を優先的に参照しており、これらの市場観測値自体が国債利回りの上昇局面では連動して上がる傾向にあります。実際、現下の社債環境で起債するとなれば、利回りを高く設定しないと消化できないと思われます。 ただしKe=Rf+β×ERPのようにRfがそのまま1対1で反映される数式は、Kdには存在しません。Kdへの波及は、既存債務の借換え時期、残存年限、信用スプレッドの動き等に左右され、Rfの変化が機械的に1対1でKdへ反映されるわけではないのです。次章の試算では、資本構成(E/V)だけでWACCへの効き方がどれだけ変わるかを見るため、Kdはあえて現在の値に固定してRfの変化だけを動かしています。 実際のKdがこの期間にどう動いたかは、後段「Kd(自社債利回り)は上がったが、信用スプレッドはむしろ縮小していた」で実データを示します。
KeにはRfの上昇分が一律に上乗せされます。ただしこの試算ではKdを固定しているため、Rf上昇によるWACCへの直接的な影響はKeを通じてのみ生じます。そのため、WACCへの影響はE/Vに比例し、E/Vが大きい会社ほどRf上昇の影響がWACCに反映されやすく、D/Vが大きい会社ほど影響が薄まります。
資本構成の異なる4社の現在のWACC構成と、Rfだけを1年前の水準(1.633%)に戻した場合の試算を並べると、次のようになります。
| 企業 | E/V | D/V | βL | Ke(現在) | WACC (現在) | WACC (Rf 1年前水準なら) | 差分 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 任天堂(7974) | 100.0 | 0.0 | 1.07 | 8.46 | 8.46 | 7.15 | +1.31pt |
| トヨタ自動車(7203) | 48.3 | 51.7 | 1.27 | 9.49 | 5.82 | 5.19 | +0.63pt |
| 東急不動産ホールディングス(3289) | 32.9 | 67.1 | 1.40 | 10.14 | 4.94 | 4.51 | +0.43pt |
| 東京電力ホールディングス(9501) | 11.7 | 88.3 | 1.92 | 12.83 | 3.69 | 3.54 | +0.15pt |
E/V=100%(有利子負債ゼロ)の任天堂は、Rfの上昇分1.31ポイントがそのままWACCに乗っています。 一方、D/V=88.3%と極めて負債比率が高い東京電力ホールディングスでは、WACCへの跳ね返りは+0.15ポイントにとどまります。 トヨタ自動車(E/V≈48%)と東急不動産ホールディングス(E/V≈33%)はその中間で、それぞれ+0.63ポイント、+0.43ポイントです。 同じ1.31ポイントという金利上昇局面において、WACCの増加は:
任天堂 +1.31pt > トヨタ自動車 +0.63pt > 東急不動産ホールディングス +0.43pt > 東京電力ホールディングス +0.15pt
という並びになります。計算上は、E/Vというたった一つの変数が、金利上昇のWACCへの伝わり方をほぼ決めていることがわかります。
この4社に限らず、beluuga.aiでは国内上場約4,200社それぞれのRf・β・ERP・Kd・資本構成の内訳をKe・WACC計算画面で確認できます。自社や気になる企業のWACCが今どういう構成になっているか、無料デモで実際にご覧いただけます。
無料デモを見るbeluuga.aiは、対象企業自身が発行する社債の実勢利回り(JSDA公社債店頭売買参考統計値)を2026年4月17日から日次で収集しています。1年分ではありませんが、この約4カ月半の観測期間についてはKdの動きを実データで見ることができます。上記3社(トヨタ自動車・東急不動産ホールディングス・東京電力ホールディングス)について、2026年4月時点の残存年限が近い(いずれも残存約3年)自社債を1銘柄ずつ選び、収集開始日から直近までの利回りの変化を、同じ期間の3年国債利回りと並べました。
| 企業(対象銘柄) | 4月17日 | 8月28日 | 変化 |
|---|---|---|---|
| トヨタ自動車(7203、2029年5月満期債) | 1.806 | 2.077 | +0.27pt |
| 東急不動産ホールディングス(3289、2029年7月満期債) | 1.975 | 2.243 | +0.27pt |
| 東京電力ホールディングス(9501、2029年2月満期債) | 2.311 | 2.566 | +0.25pt |
| (参考)3年国債利回り | 1.522 | 1.872 | +0.35pt |
3社とも、社債の実勢利回りは4カ月半で+0.26〜0.27ポイント上昇しています。一方、同じ期間の3年国債利回りは+0.35ポイント上昇しており、3社の社債利回りの上昇幅はこれより小幅です。つまり、この期間については、国債利回りの上昇そのものが上昇分の大半を説明しており、対国債の上乗せ幅(信用スプレッド)はむしろわずかに縮小していたことになります。 この観測期間(4月17日〜8月28日)は、記事全体で見ているRfの1年間の変化(2025年9月〜2026年8月)より短く、beluuga.aiが自社債の実勢利回りを日次収集し始めた時点から数えられる範囲にとどまります。ここで確認できるのはこの約4カ月半分の実際の動きであり、2025年9月〜2026年3月のKdの動きまでは分かりません。
「同じ10年国債利回り+1.3ポイントの上昇でも、WACCの増加は+1.31ptから+0.15ptにばらける」の試算は、「β・ERP・Kd・資本構成(E/V・D/V)を現在(2026年9月1日)の値に固定し、Rfだけを1年前の水準に戻したらWACCはいくらになるか」という感応度分析であり、1年前に実際に計算されていたWACCを再現したものではありません。Rfという一つの変数だけを動かすことで、資本構成(E/V)がKe→WACCの伝わり方をどう左右するかを、他の変数の変化に紛れさせずに見えるようにしています。 実際には、この1年でβ(株価変動の反映)や資本構成(時価総額・有利子負債の変化)も動いており、実際のWACCの推移はこの試算どおりではありません。Kd(負債コスト)についても、上記「Kd(自社債利回り)は上がったが、信用スプレッドはむしろ縮小していた」で見た通り、少なくとも観測できた約4カ月半(2026年4月17日〜8月28日)では対象3社の信用スプレッドはむしろ縮小方向で、Kdの上昇は同期間の国債利回りの上昇より小幅でした。この試算のようにKdを固定した場合との比較で、実際のWACC上昇幅がどちらの方向にどれだけずれるかは、対象期間全体(2025年9月〜2026年3月分を含む)のKdデータを持たないため断定できません。
データ基準日: 10年国債利回りの推移は2025年9月1日〜2026年8月31日、対象4社のKe・WACC・資本構成は2026年9月1日時点。出典: beluuga.ai(一次資料: 財務省「国債金利情報」)。Rf感応度試算の算定方法は上記「この試算の前提」「データの前提」のとおりです。
更新履歴: 2026年9月公開。
本記事は特定の企業への投資を推奨するものではなく、投資判断の根拠となるものではありません。個別の投資判断は自己の責任において行ってください。
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